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2021年07月の記事は以下のとおりです。

エレメントとお昼寝

  • 2021/07/31

たんぽぽぐみの水遊びです。この場合はスポンジやペットボトルが水を体験する道具になってます。

何の変哲もないことですけど、風を感じるのは旗や風車、光を感じるのはプリズムや万華鏡、ステンドグラス、など、何かを体験して感じるためには必ず何かのフイルターが必要になります。
そういうフイルターって安全性も含めて、昔の人が何でもよく考えていて、僕たちはそれを使うだけでいいんですね、これは人間だけでができることで他の動物は風や水や光などを感じてはいるんだろうけど、そういうものをエレメントとして理解してものを考えたりしません。この体験の差というのは普通に思われているより大きいと思います。


ところで、赤ちゃんのときから年齢でだいたい3歳ころまで、自律神経はリラックス、眠る、弛緩するなどの副交感神経の方が優位によく働くと言われます。

3歳過ぎたあたりから、活動、覚醒するときの交感神経がだんだん優位になってくるとされます。

もちろん個人差と季節などによっても変わりますので、あまり一律には言えない話ですが、3歳過ぎて昼間も目がぱっちり冴えてて眠れない子は無理に寝かしつけずに起こしておいた方がよい、無理に寝かしつけると肝心の夜に眠れなくなって自律神経系が乱れる原因にもなる、と最近の小児科医の間で言われるようになりました。

当園では、年長さんはお昼寝の時間はなくて起きて活動しています。

対人関係の誤解しがちなこと

  • 2021/07/30
年長さんの水遊びですが、シャボン玉って小さいきれいなプヨプヨしたイメージですが、自分の顔より大きなシャボンも間近で見ると虹色できれいですね。

子どもたちの人間関係について、ちょっとだけ、見てみましょう。

でっかいシャボン玉を作るお友達に対して、自分よりも大きなものを作りやがった、とジェラシーを感じて、その子を足を引っ張るようなクラスの関係性をここでは競合関係と呼ぶことにします。

でっかいシャボン玉を作るお友達に対して、自分もあれよりでかいシャボン玉を作るんだ、またはでっかいシャボン玉を作るのに苦労しているお友達がいれば、一緒にやってみるとか、そういう関係を協力関係と呼ぶことにしましょう。

どちらのクラスが良いかといえば、もちろんクラスのお友達が協力関係にある方がよいです。

さてここで、仲が良いクラスというのはどちらの関係でしょうか?

仲が良い、仲が悪い、というのはクラスの人間関係が競合関係にあるのか協力関係にあるのかそれだけではわからないと思います。

極端な話、普段はドツキ合っているのに、同じ目標ができると力を合わせて取り組もうとするのは協力関係だし、普段はベタベタ仲が良いのに陰で他のお友達や大人には告げ口したりするのは競合関係かもしれません。

表面的には仲が良いけど、実は互いに一緒の空間にいてそこで止まっていることを互いに確認し合っているだけなのかもしれません。この人間関係になるとむしろ依存関係の方に近いように思います。

人と人が協力するためには、それぞれが自分で決めて自分から動き出して、ある程度自分でやってみて人に聞いてみたり取り組むことが出来ないと協力なんてことも最初から出来ません。

協力し合って失敗を補う合うことも出来るし、だから失敗してもダメージにならないし、だから自分で前に進もうとすることができようになる、という感じです。

人が失敗したら馬鹿にしたり先生に言いつけたりするのは競合関係にあって、そこから対人関係が良くなることはないでしょう。

同じく人から言われたり怒られたり赤ちゃんみたいにチヤホヤされないと動き出さない、というのも依存関係に近いでしょう。

では、精神的に、心身ともに健康で毎日を暮らすためには、心身を病まないためには、どういう人間関係の中にいたらいいでしょうか。それはもちろん協力関係の中にいること、になります。


水遊びから思い出へ

  • 2021/07/29

ちゅうりっぷぐみのお友達も水遊びを楽しんでいます。このうちの誰かが、数十年先も思い出としてこの日の水遊びを覚えているかもしれません。

これはひとつの立場ですが、私もそう思いますが、すべての私たちの悩みは対人関係上の悩みである、といいます。

この対人関係上の悩みはというのは、今まで見てきた幼少のころの思い出、きょうだいとの関係などによってその人の基本的な性格が出来上がるときから、もうスタートしていると言ってもよいと思います。

ですので、保育園での子どもたちの過ごし方、活動においては、子どもたちの思い出として残るのは、
・何をするかよりも、むしろ誰と過ごすか
・何を教えてもらうかよりも、むしろ誰から教えてもらうか
・何を食べるかよりも、むしろ誰と一緒に食べるか
の方が早期回想として切り取られて子どもたちの内面に残っていくでしょう。

その人が持つ人生最初の思い出からだいたい7歳くらいまでの思い出をたどれば、だいたいその人の対人関係上のパターンが見えてきます。

対人関係上の悩みがあって、そのパターンに自分で気づいて修正できればいいのですが、なかなかそれがうまくいかないから、これだけ心療内科やカウンセリング現場が忙しくなっているのです。

ですので、子どもたちが過度に競い合い、優劣や他のことで比較し合い、どちらかといえば大人も出来た出来ないとそれをあおり、クラスの中が競合関係になってしまう場というのをなるべく避けたいところです。

ですので、一緒に同じ時間を過ごす大人、お友達の間で受け入れられている感覚があり、互いにルールを守り、互いに必要とされている感覚がある、ことがよい思い出を残す際に大事なことだと思います。

水遊びの思い出

  • 2021/07/28
さくらぐみは水遊び。水鉄砲で楽しそうです。

例えば、幼少期の思い出として「お友達が急に背中にびしゃっと水をかけてきて冷たかったので、のけぞってウワーっと声を上げたらみんな笑っていた、恥ずかしかった。」と語ったとします。

この人はこの早期回想からどんなことを自分に言い聞かせているでしょうか。

イロイロありますが「どんなときでも私は平気でなけれならない」というようなものでしょう。

この刷り込みは大人になって良くないものとは思いませんが、必要以上にガマンしてしまうようなことにつながるかもしれないとも思えますね。これもイロイロですが。

同じ思い出でも、次のように早期回想を語った場合はどうでしょうか。「お友達が背中にびしゃっと水をかけてきたので悲鳴を上げた、みんな笑っていたので自分も水をかけた、あの子もきゃーっと言っていた、ぞのまま水のかけ合いっこをしてた。」
明らかにこちらの回想の方がみんなとつながりが見えます。

こちらの方が大人になって社会とうまく所属しながらやっていけそうな気がするんですけどね、いかがですか。

大人の場合、問題が現れて、親の影響、きょうだい関係、連続するその人の早期回想、こうしたものを分析すればその人が何に苦しんでいるかおおよその検討はつきます。

でも幼少期は、シンプルにお友達と時には葛藤しながらも大人の手助けを得ながら楽しく遊ぶ、活動する、この方向だけで間違いはないし、不適切な思い込みの予防にもなるのです。

ですので、小さな時分の思い出作りをしましょう、そのためには楽しい自分からこれやってみよう、という活動をしましょう、ということなんです。


早期回想

  • 2021/07/27

ちゅうりっぷぐみのお友達は夏野菜真っ盛りを見ています、「トマトさん」とか絵本があるじゃないですか、あれいつでもベストセラーみたいですが、小さな子どもはお野菜さんに顔があって話をする物語が大好きですね。自分たちの仲間だ、と思っているかもしれません。

昨日の話の続きで、小さなころの思い出としてこういうケースがあります。
「私はゼンソク児だったので、夏になると花火の煙を吸ってはいけなかったから、お友達が花火をするとき、いつも遠くに離れてそこからお友達が花火をするのを見ていた。楽しそうだった。お友達が 花火の向きを間違えて、私の方に花火の火が飛んできた。怖かった。」

この早期回想からこの人が自分に言い聞かせているテーマは何でしょうか。たぶん「私は犠牲者だ」みたいなものだと思います。

同じ思い出でもこれが次のように語られるとどうでしょうか。
「・・・私の方に花火がの火が飛んできた。怖かった。こっちに向けるな!と私は怒鳴った。あちらで大人が気をつけろ!と怒る声が聞こえた。きっとその子を注意してると思った。」
こうなるとこの人の早期回想のテーマはまるで変わってくるでしょう。少なくとも私は犠牲者や被害者だ、的な物語ではないでしょう。

なんでしょうね。「私が当事者でなくなると周囲はゴタゴタする」ですかね、こうやって推理してみるのも興味深いです。するとこの人は「私はとにかく傍観者ではなく、当事者でいよう」という物語を持っているかもしれない。

こちらの「思い込み」の方が大人になって社会生活が健康的に過ごすことができそうな感じがしませんか?

子どもたち同士でケンカはもちろんなるべくしない方がいいけど、葛藤する体験が全然少ない、というのも将来を考えたとき心配です。

社会生活の中で、間違い、誤解、過失などは小さなものはしょっちゅうあります、それをある程度自分で処理していかないといけなくなります。誰かが全面的に代わりをしてくれる子ども時代はいつか終わります。問題はそれからになります。

次は別のケースの早期回想を見てみましょう。

リフレーミング

  • 2021/07/26
すみれぐみの水遊びです。魚釣りに水鉄砲。

今は車で山奥まで行かないと自然の川でザリガニ捕りなど出来なくなりました。

前回の子どもの頃の思い出の話の続きで。

子どものときの思い出として「川遊びをしてて友達とイカダを作った。川に浮かべて僕が乗って長い棒でこいだら川の流れで変なところに流されそうになった。一生懸命長い棒を漕いでみたけど前に進まない。あちこちの岩に力いっぱい長い棒あてて押しまくっていた」という大人がいたとします。

これ自体、ああ、山里の田舎でのびのびと川遊びをしてたんだなあ、と思いますが、もう一歩踏み込んで、なぜこの大人がこのシーンを切り取ってこの思い出をずっと覚えているのかです。

こんなことは普段考えなくても全然困らないのですが、何かでこの大人がピンチになったとき、または思い通りにいかないときなどに、この早期回想のテーマが役に立つことがけっこうあります。

この大人はどこかで「私は周囲を自分でコントロールしなければならない」と思い込んでいるかもしれません。

コントローラーというどこにでもいるありふれた性格の人で、何が何でも自分の思い通りにしないと気が済まない、それほどのことでもないことに疲れ果ててしまう、小さなことなのにヒステリーやかんしゃくを起こして他人を自分の思い通りに動かそうとする、というようなタイプです。

ということは、この早期回想に対する思い込みを他の人が「すべて自分でコントロールできなくてもいいんですよ、人に助けを求めたり相談したりしてもいいんですよ」と助言することで大きくコントローラーの性格が変わることもあります。

これはほんの一例で、私たちはいろんな過去に束縛されていますが、考え方ひとつで大きく気持ちが変わってきますよということですね。(カウンセリングでいうリフレーミングという場面です)

さらに他の人の例も見てみましょう。

小さなころの思い出について

  • 2021/07/24

たんぽぽぐみのお友達は海の中散歩。

前回の続きで、私たちはみんな幼少のころの思い出の一部を切り取って一生それを自分の中に保管しています。

その思い出は生まれて一番最初のものから順番にけっこう鮮明に周囲の情景や人が言ったこと、自分の気分や気持などを覚えていると思います。

これらの私たちの早期回想は単なる思い出というだけではなく、自分自身に特定のメッセージをずっと発し続けていると考えられています。

たんぽぽぐみのお友達が窓のお魚に手を伸ばそうとしている、もしこの子がこのシーンを切り取ってずっと覚えているとすれば、この子は自分自身の中にあるメッセージを自分自身に発し続けて過ごしていくでしょう。

たぶんそれは「上昇しよう」「私は関わろう」という感じのものだろうと思います。そしてこのメッセージは今後この赤ちゃんをいい感じの方向に導いていくでしょう。

例えば、これがよくない早期回想だったとき、「お兄ちゃんがお父さんにひどく叩かれていた。僕は見ていることしかできなかった。」という思い出を覚えているとすると、この早期回想がこの子自身に発するメッセージは何でしょうか。

たぶんそれは「自分は無力だ」といったものでしょう。そこでこの子はそのメッセージからどんな自分の性格を作り上げるでしょうか。たぶん「傍観者」となる方向だったりするでしょう。
いろんなことを自分事としてとらえない、やる前から恐れすぎる、みたいな傾向の人はなかなか生きづらいかもしれません。

こうした早期回想を持つ人が家庭で、職場で、友達付き合いで、何となく暗いものを投げかけてしまうことってないんでしょうか。心理的にはある、と考えます。

いろんな小さなころの連続した思い出がその子の特性をカタチづくっていきます。もしそれが建設的で前向きなものだったら、大人になって少々ひどいこと言われたりしても精神的に参ったりしにくいはずなんです。

大人の場合は、この早期回想に対する自分の解釈を変えれば自分自身が大きく変わります、そういった方法もあるんですが、ちょっと専門的なので、保育の現場では、なるべく肯定的な、生産的な、建設的な、勇気づけとなるような早期回想づくり(思い出作り)を子どもたちにしていきたいです。

難しいことではありません。だから子どもたちには楽しく面白い活動をしていきたいです。


デンデンムシ登場

  • 2021/07/21
カタツムリ出てきましたね。カタツムリ雨が苦手だったのか、雨が大好きで大好きで雨の日は雨雨ふれふれヒャッハー!になって外に出てくるのがカタツムリだと思ってました。

子どもたちも同じ表情だったということはこれがイメージの力ですね。今回は絵本が真相を教えてくれました。

昨日の続きで、大人に受け入れてもらえない感じがして、負の注目行動に走る、それでも注目されなくて大人との力比べ・争いを起こす、それでも注目されない場合は仕返し、の段階に入ります。

特定の大人を何かで傷つけることだけを目的とするイケナイ対人目標に入ります。この状態になると、もう当事者以外の第三者の大人が入るしかない、と言われます。

さて、このような負の注目行動をスタートとする状態を予防することが一番ベストなのですが、子どものマイナスの注目行動を呼び起こす原因は意外と広く日常にありふれているかもしれません。

・いつもガミガミ大人が陰性の感情で子どもたちを叱っている。恐怖だけで子どもたちを動かしている。
・子どもたち同士を競争関係において大人が序列に応じて接し方を変えている。
・大人が自分個人の世間体・見栄・プライドや自己顕示欲のみで子どもたちを動かしている。
・子どもがいろんなことができる年齢になっても子どもたちを赤ちゃん扱いしている。
etc

子どもたちがサッカーをしてどっちのチームが勝った負けた、とワーワー盛り上がっているうちはいいのですが、大人の方が必要以上にシリアスになって勝つために無理な練習が始まったり、無理な行事練習が始まったり、根っこは同じなんです。

では出来る限りどうすればマイナスの注目行動を予防できるですが、
・大人がルールを子どもたちにはっきり伝える
・子どもたち同士で自発的に協力して課題に取り組む機会を持つ
・大人が子どもたちの頑張りを応援するが過剰に期待しない、特定の結果を求めて圧をかけない
・大人が子どもを赤ちゃん扱いせず一人前の人としてコミュニケーションする
・大人の方が無意識に子どもより自分の方がが目立とうとしていないか時折自問自答してみる
・何かと子どもを他の子と比較しない、そのためには大人が他の大人と競合関係にならないようにする
etc

になります。大人が他の大人と競合するか協力するかの性格的なものは幼少期にある程度決まりますが、これについては次回以降に。




なすびの行く道

  • 2021/07/20

なすびや野菜の実は甘い汁が出てたんですね、全然知らなかった。。

お花とか、実っている果実とか、ハチや鳥が甘い汁を吸ったり食べたりして飛び回って花粉や種を別の場所に運んで、その植物がアチコチで繁栄していく。

お花や果物野菜と昆虫や鳥は実は持ちつ持たれつの関係にあったんですね。

話がそれるようですが、緑の野菜には虫や鳥は近づきませんが、それは単においしくないから。植物の実が甘く色づいておいしそうになったり、花が見とれるほど美しかったり、実は昆虫や動物(人間までも)引き寄せる自然界の植物の生存戦略なのかもしれませんね。

だとすると、子どもたちが緑の野菜が嫌いな子が多くて果物が好きな子が多いのも、納得できる気がするんです。子どもが緑のものを食べなくても目くじら立ててぎゃあぎゃあ言わなくても、体に必要なものだから、栽培体験とか買い物体験を通じて緑の野菜は自分の世界の仲間なんだ!と思えるように大人が誘っていくものなんだろうと思います。

今の時期はトマトなんか生で食べるとおいしいですけど、ピーマンなんか生でかじると独特のなんとか臭ですか、クセやアクで子どもたちが嫌いなのも仕方ないなあ、と思ったりします。

夏野菜は面白いです。

昨日の続きはまた明日に。

終わらない力比べ

  • 2021/07/19
ひまわりぐみさんとももぐみさんのお友達は影絵遊びを楽しんでいます。

子どもたちがわざと汚い言葉を使ったり、大人の嫌がることをして注意を引こうとして(負の注目行動)、それでも注目が得られないと思った場合は、次の大人と力比べ、の段階に移行します。

子どもが自分の方がお前より上だ、ということを主張するためにいろんな挑戦的な態度や言葉を大人に発するようになります。その目標は楽しく過ごすこと、などではなく、相手より上に立つこと、勝つこと、相手を見下げること、といったもので、このような場合の大人の対処方法は勝負の相手にならない、になります。

ただこれがまた実際にやろうとなると難しい。言わば相手はケンカを吹っかけてきている形で、黙って見過ごすわけにもいかないことばかりで、そんなとき大人の力にモノを言わせて怖さなどで屈服させると、そのときはよくても、今度は次のさらにやっかいな段階に移行してしまう。

これは大人の世界でも同じで、なぜかいつも周囲の人を見下して自分は周囲よりも優れている、周囲よりも強い、周囲よりも賢い、周囲よりも・・・と人間関係を上下関係でしかとらえられない人もいます。これが実社会ではけっこう多いんですよね。

よく会社なんかで部長とかが俺は偉いんだぞ!と部下を相手にパワハラしているケースなんかもそうでしょうし、逆にお役人さんとか店長とか何かの責任者を目の前にすると急に敵意を露わにしてケンカ腰になる、というパターンも同じ根っこなのかもしれない。

子どもたちが自分が注目されないのなら、お前より偉いんだ、とマウンティングするようになると、他の第三者の大人が新たに関わりを始めた方が状況が早く良い方向に変わるのではないかと思います。

子どもの方はマウントの相手となった大人に対し「お前の言うことはきかないぞ!」と言っているのですが、これに対して何とか自分の言うことを聞かせよう、と派手に対等に子どもとケンカを繰り返すことはよい解決の方には向かわないということなのです。延々と同じことの繰り返しループになるでしょう。(どうすればいいのか、という選択肢はあります。)

次は大人とケンカしても注目されない場合、または大人とケンカして当然ながら負けてしまった、となったとき、子どもはどんな段階に進むのでしょうか。

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